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Book Data : パタゴニア / 老いぼれグリンゴ

『パタゴニア / 老いぼれグリンゴ』チャトウィン / フエンテス/河出書房新社

原題 :

IN PATAGONIA / GRINGO VIEJO

出版社 :

河出書房新社

原書刊行年 :

1977 / 1985

ISBN / C :

978-4-309-70960-4 / c0397

私的分類 :

ラテンアメリカ

備考 :

Note

池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 II-08

Quote

パタゴニア

p.21
砂漠をさまよう者は自身の中に原始の静けさを発見し、それはひょっとしたら神の静けさに匹敵するものかもしれない。

p.144-
シェイクスピア『テンペスト』の高貴なる怪物キャリバンについてのチャトウィンの考察。

キャリバンにはパタゴニア人の子孫としての資格が充分にある。

ch.52
ブルヘリアという男の魔法使い集団についての記述。

p.160
 メンバーは男性だけであるが、緊急のメッセージを運ぶために女性が使われる場合もある。このような役目をになう女性をボラドラと呼ぶ。たいてい信頼のおけるメンバーが、家族の中でいちばん美しい女性を選び、この役目を押しつける。彼女がその役目を果たせなかったときは、もとの生活に戻す。女性の入会儀式は、まず同じような40日間の水浴びから始まる。そしてある晩、森の中の開けた場所で教官と会うよう命じられる。彼女に見えるのはキラキラ光る銅の皿だけである。教官は命令を下すがけっして姿は見せない。教官は彼女に服を脱ぎ、腕を前に差し出してつま先立ちするよう命じる。彼女は苦い味のする液体をひと口飲み、腸を吐き出す。
「皿の中へ! 皿の中へ!」と教官がどなる。
 からだの中がからになった女はすっかり身軽になり、羽を生やして人家の上をヒステリックに叫びながら飛び回る。世が明けると彼女は皿のところに戻り、腸を飲み込んで人間の姿に戻る。
 ブルへリアは専用の船、カレウチェ号を所有している。カレウチェ号は他の船とは違って、台風の目に向かって進んだり、海面下に潜ったりすることができる。白く塗られた船体、帆柱に輝く数えきれないほどの色電球、甲板に流れる甘美な音楽──この船は中央委員会の代理人である大商人たちの貨物を運ぶ船と思われる。カレウチェ号は乗組員をむやみと欲しがり、あちこちの島から船乗りを誘拐する。しかし船長以外の者は即座に孤島の岩に置き去りにされる。ときどき気の触れた船乗りが浜辺をあてもなくさまよい、中央委員会の歌を歌っているということだ。

p.201
彼(ダーウィン)は博物学者が犯しがちなあやまちを犯す──複雑で完璧なほかの生物を賞賛するあまり、人類の見苦しさに顔をそむけるのである。

p.215
動詞として使われる場合、ヤマナには「生きる、息をする、幸福である、病気から回復する、正気である」などの意味がある。名詞として使われる場合には動物に対しての「人間」という意味になる。接尾語がついて手という意味になると、ヤマナは人間の手、つまり死をもたらす爪に対して、友情の中で差し延べられる手ということになる。

老いぼれグリンゴ

p.364
夢はわたしたちの個人的な神話だ。眠っているハリエットにキスしたときグリンゴ爺さんはそう思った。そして、彼女の夢が戦いよりも長くつづいて、戦いそのものに勝ってほしいと願う。そうなれば、生死はともかく、自分が戦いからもどったとき、この途切れることのない夢のなかで彼女が迎えてくれることになる。夢はやがて記憶や忘却によって多くの細部や構成から成る長いストーリーのように復元されることになるものだが、彼女の夢はそんな一つの夢が続くわずかな時間のあいだに、彼が見たいと願い、見ることができるよう誘引することで、彼が見て、理解することになった夢だった。たぶん彼は自分の夢に彼女を招待したかったのだ。だが、それは誰とも分かちあえない死の夢だった。ところが二人が生きてさえいれば、どんなに離ればなれになっていても、それぞれの夢のなかに入り、その夢を分かちあえる。彼はまるでこれが人生最後の行為とでもいうかのように必死になって、目を開け唇を噛みしめたまま、一瞬のうちにハリエットの夢をすっかり夢見たのだった。不在の父、影に囚われた母親、テーブルの上で輝きつづける光から見捨てられた家の束の間の光への移行、そういったことすべてを。

p.404
「もう出発すると思うか?」とイノセンシオ・マンサルボはペドリート少年に尋ねた。真実は子供や酔っぱらいの口からしか聞けないと本気で思っているかのように。

p.450
グリンガ、おれはそのあと学んだんだ。もうすぐ死ぬが、まだ、そのことがわかっていない人間たちの目にそんな視線が浮かんでいるのを。ときどき、そんな連中を見かけるが、そんなときには誰が、いつ、最初に死ぬか、おれたちにはわかるんだ。その視線には距離みたいなもの、内側を見つめているようなところがあって、それがこうおれたちに言うからだ。『わしを見ろ。わしはもう死ぬ。わしには死ってものがまだわからんが。だが、それはわしがまさしく自分を外側からじゃなくて内側から見ているからだ。おまえはわしを外側から見てる。わしの言うとおりかどうか教えてくれ。坊主、わしをひとり、淋しく死なさんでくれ』

アンブローズ・ビアスの失踪。メキシコ革命

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